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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8927号 判決 1959年10月21日

原告 近藤規美 外一名

被告 大島利菫

主文

被告は原告近藤規美に対し、東京都新宿区神楽坂三丁目二番地の二一宅地三四坪九合七勺(別紙図面<省略>Eの甲)上にある別紙図面D(二階)のうち甲の部分及び同図面F(二階屋根裏)のうち甲の部分の建物を収去し、その敷地を明渡すこと。

被告は原告鈴木清子に対し東京都新宿区神楽坂三丁目二番地の二二宅地一七坪三勺(実測一八坪四合二勺、別紙図面Eの乙)上にある別紙図面D(二階)のうち乙の部分及び同図面F(二階屋根裏)のうち乙の部分の建物を収去してその敷地を明渡すこと

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一)別紙図面Eは、主文第一、二項記載の本件土地の測量図であり、同図面A、B、C、D、Eは、その上にある本件建物の平面図である。その内A、Cは一階、B、Dは二階、Fは三階(屋根裏)示すものである。(但し、A、Bは本件建物の払下当時の状態を示し、C、D、Eは現状を示す。)

(二)敷地の所有関係は次のとおりである

別紙図面Eの甲の部分……原告近藤所有

同 Eの乙の部分…………原告鈴木所有

同 Eの丙の部分…………被告所有

(三)建物は一戸建(但し一階コンクリート、二階以上木造)であるが次のとおり区分所有する。

(イ)一階

別紙図面Cの甲の部分……原告近藤所有

同 Cの乙の部分…………原告鈴木所有

同 Cの丙の部分…………被告所有

(ロ)二階、三階………全部被告所有

(四)従つて被告所有の二階及び三階(二階屋根裏)の内、Dの甲Eの甲の部分は、原告近藤所有の土地(Eの甲)上にあり、Dの乙Fの乙の部分は原告鈴木所有の土地上にある。

(五)被告は右の建物部分を所有しその敷地を占有するについて敷地所有者たる原告に対抗し得る正当な権原を有しない。よつて原告等は各その所有地上にある被告所有の建物部分の収去及びその明渡を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

「請求原因第一乃至第四項の事実はすべて認めるが、同第五項の主張は否認する。」と述べ、抗弁として、

「(一)賃借権の承継取得。

被告は、本件土地について、本件建物の二階部分の前所有者から承継した賃借権を有する。右賃借権の成立経過は次のとおりである。

(イ)本件土地はもと訴外安居憲一郎の所有であり、訴外株式会社東光商店がこれを賃借し、その上に本件建物を所有していた。その後昭和二〇年三月二六日、訴外住宅営団は右東光商店から本件建物を買い受け同年三月三一日所有権取得登記をし、それにともない東光商店の本件土地に対する賃借権を譲り受けた。土地所有者安居憲一郎は右賃借権の譲渡を承認し、昭和二一年三月一日、住宅営団との間に、期間昭和二一年三月一日から二〇年、賃料一ケ月二一六円六九銭(坪当り一ケ月二円)、前払の約定で土地賃貸借契約を締結した。

(ロ)昭和二二年七月一二日安居は本件土地を財産税納入のため、国に物納し、国は昭和二三年三月二九日所有権取得登記をし、賃貸人の地位を承継した。

(ハ)原告近藤規美、訴外鈴木鉱太郎、同高橋克明、同加藤孝之及び同浅沼三郎は、昭和二一年一二月以来、住宅営団から本件建物の一部を賃借していたものであるが、昭和二三年七月中旬から下旬までの間に相前後して、次のとおり、住宅営団から本件建物の区分所有権を譲り受け、所有権取得登記をした。

(A)鈴木鉱太郎は、一階の内一五坪七合七勺(同人はこれを後に原告鈴木清子に贈与)、原告近藤規美は、一階の内二五坪二合八勺。

(B)右両名共有で一階の内六坪八勺(便所、玄関)。

(C)高橋克明は、二階の内七坪二合六勺と一一坪三合六勺

(D)加藤孝之は二階のうち九坪三合二勺

(E)浅沼三郎は二階の内八坪七合一勺

(F)右(C)(D)(E)三名共有で、一階の内四坪二合(廊下)、二階の内六坪八合七勺(廊下)三坪一合五勺(便所)及び三坪三合五勺(炊事場)

右二階部分を買受けた高橋、加藤、浅沼の三名は、本件建物の区分所有権取得にともない、一階部分の所有者である原告近藤及び鈴木と共に(共有で)敷地賃借権を住宅営団から譲り受けた。右三名は、右借地権譲受に際し、敷地所有者たる国から事前の承諾を得なかつたが、次の事情により事後の承諾を与えられた。

(A)国は本件土地上に二階建物が存在していたことを、物納を受ける当時から知つていた。

(B)国は、後日浅沼三郎に対し、二階に通ずる階段の敷地及び土間として、本件土地の一部(別紙図面Eの丙に示す部分)を払下げたこと、

(C)住宅営団に対する賃貸人の地位を承継した国は、二階部分の所有者となつた右高橋ほか二名に対しては勿論、一階部分の所有者となつた原告近藤及び鈴木に対して、賃借権の無断譲渡を理由とする何等の法的措置も取つていないこと、

右に述べた理由により、右高橋、加藤及び浅沼の三名は本件土地に対する賃借権を適法に承継したものである。

(ニ)本件土地は右に述べたとおり、当時国の所有であつたがその後払下により次のとおり所有権の変動を生じた。

(A)原告近藤は、昭和二六年一二月一〇日、本件土地の内三四坪九合七勺(別紙図面Eの甲)の払下を受け、昭和二九年四月二一日所有権取得登記をした。

(B)原告鈴木は、昭和二六年一二月七日本件土地の内一七坪三勺(別紙図面Eの乙の部分)の払下を受け昭和二八年二月二五日、所有権取得登記をした。

(C)訴外浅沼三郎は、前記高橋、加藤、浅沼の三名を代表して、昭和二七年四月一二日本件土地の内六坪六合三勺(別紙図面Eの丙の部分)の払下を受け、昭和二九年二月二二日その所有権取得登記をした。

(ホ)被告は、昭和二九年六月一八日、高橋、加藤、浅沼の三名から、本件家屋のうち右に述べた各単独所有部分、共有部分及びこれにともなう敷地の賃借権を譲り受け、浅沼からは別紙図面のEの丙の部分(本件建物の二階に通ずる階段にあたる部分)の土地の所有権も譲り受け、いずれも同年七月九日所有権取得登記をした。

(ヘ)右の敷地賃借権の譲渡については民法第六一二条の適用はなく、敷地所有者の承諾を要しないものと解すべきである。その理由は次に述べるとおりである。

(A)本件建物は旧所有者住宅営団、居住者に分割譲渡したために、一階と二階の所有者を異にするにいたりそこに階層的区分所有の状態が発生したのである。そして、かかる建物の階層的区分所有の状態においては平面的区分所有の場合と異なり敷地の利用の範囲は空間的に重なり合うのであるから、民法第二〇八条の趣旨により、賃借権は区分所有者の共有と推定すべきである。そして、右の関係は原告等が本件土地の払下を受けた後も変らない。(民法第一七九条第一項但書)。被告は右の賃借権の共有持分権を高橋等から譲り受けたものであり、しかも本件においては、次のような特殊の関係がある。

(B)前述のとおり本件建物の階段部分は高橋等三名の共有であり、その敷地はその内の一人である浅沼の所有であつた。従つて少くとも右の部分は原告等の意思と何の関係もなく処分できたものである。

(C)本件建物の二階は右の部分と経済的に不可分一体なのであるから、これだけ切り離して処分することは無意味である。従つて、二階の処分については勿論、これにともなう賃借権の譲渡についても原告等の承諾を要しないものと解すべきである。

原告等は右のような本件建物の使用状態を知りながらその敷地の払下を受けたのであるから、このように解しても、何等特別の損害を受けない。

(ト)かりに右の主張が認められないとしても、右の賃借権譲渡については、原告等の承諾(少くとも黙示の承諾)があつた。その事情は次のとおりである。

(A)原告等は前記高橋等三名がその所有部分を他に売却しなければならなくなつた事情を知り、且つその買取りの交渉を受けながら、値段が高いとの理由で、これを拒否し、高橋等がこれを第三者に売却することについては何の異議も述べなかつた。

(B)被告が高橋等から本件建物の二階部分を買受けた後昭和二九年六月二二日、訴外竹谷政敏を通じ、原告鈴木清子の父鉱太郎(原告清子の代理人)を訴外加藤末太郎方(料亭しま金)に招き、竹谷及び加藤同席のもとに、被告が本件家屋を買受けたことを話し、本件家屋を使用して共同事業を行うことを提案したところ、鉱太郎は、共同事業には賛成しなかつたが賃借権の譲渡については、「今度は相手が被告一人になつたから、交渉するのに都合が良い。地代は後日、近藤とも相談して定める。」と言つて承認の意を表した上に、近藤とも早速交渉した方が良いと助言した。

(C)同月二三日被告は、原告近藤方に行き、弟智三郎(原告近藤の代理人)に面会し、本件家屋の二階を買受けたことを述べ、賃貸借の承認を求め、地代の支払を申し入れたところ、同人は、「後日、原告近藤と相談の上返事をする。」と述べたが、原告の所有権取得の事実については、何の異議も述べなかつた。

(D)その後、智三郎は、同月二七日頃、被告方を訪れ、水道の修理をするよう頼んだので、被告は、同月三〇日訴外尾崎智男(水道屋)を同道して、原告近藤方を訪ね、応急修理をしたが、その際も、智三郎は被告の二階買受にともなう土地使用については何の異議も述べなかつた。

(E)同年七月三〇日、被告は本件建物の階下入口で、鈴木鉱太郎に出会つたところ、鉱太郎は被告を原告近藤方に連れて行き、同人方で近藤智三郎を交え、水道工事の日取りについて協議したが、その際、鉱太郎から地代の協定の件は、原告近藤と一緒にするから暫く待つてもらいたいとの話があつた。

(F)その後、鉱太郎、原告清子、智三郎等は度々二階の工事現場を検分し、工事について希望を述べたばかりでなく、鉱太郎及び原告清子は、その所有部分の上にあたる室を自己の使用人のために賃借したいと申し出た。

(G)その後、同年八月二五日、被告は鉱太郎からの呼出により、鉱太郎、原告清子及び訴外大場広次と会談したが、その際、同人等は、二階を譲渡又は賃貸してもらいたいと申し入れた。被告は、譲渡の申入れは断つたが、賃貸はしても良いと答え後日を約して別れたのに、同月二八日、原告等の申請による仮処分の執行がなされたのである。

右(A)乃至(G)の事情を綜合すると賃借権の譲渡について少くとも黙示の承諾があつたと認めるのが相当である。

(二)新たな賃貸借契約の成立。

かりに、右に述べた賃借権の承継取得の事実が認められないならば、被告は当時、原告等と被告の間に本件土地について新たに賃貸借契約が締結されたことを主張する。すなわち、

(イ)被告は、前述のとおり昭和二九年六月二二日原告鈴木清子の代理人(父)鈴木鉱太郎に対し、訴外加藤末太郎方(料亭しま金)において竹谷政敏等同席のもとに本件土地の賃貸借の申入をし、同人はこれを承諾し、これにより、本件土地について、普通建物所有を目的とし、期間三〇年賃料は後日協議して定める旨の賃貸借契約が成立した。

(ロ)被告は前記のとおり昭和二九年六月二三日原告近藤の代理人近藤智三郎に対し、本件家屋の賃貸借の申込をしたところ、智三郎は、原告近藤と連絡して返答すると述べ、その後被告に対し水道の修理を申入れ、水道工事の日取りを打合わせ、二階の改造工事の現場を検分し工事についての注意を述べ、又地代協定について猶予を求める等、被告の本件建物所有を認容する態度を示したことは前述のとおりである。従つて被告の賃貸借の申込に対して、少くとも黙示の承諾を与えたものであるから、これにより、普通建物所有を目的とし期間三〇年賃料は後日協定する旨の賃貸借契約が成立したものである。

(三)権利の濫用。

かりに、右の主張がいずれも認められないとしても、原告等が、被告に対し、賃借権譲渡の承認を拒否し、又は賃貸借契約の締結を拒絶し、本件建物中の被告所有部分の収去及び敷地の明渡を求めるのは、所有権の濫用であるから許されない。その理由は次のとおりである。

前述のとおり、被告は本件建物の階段部分(一、二階とも)及びその敷地を前記高橋等から譲り受け、その所有権を取得した。そして右の部分は、原告等が本訴において収去を求めている二階部分と経済的に不可分一体をなし、二階部分が収去されれば、右の被告所有の土地上にある部分の経済的効用は無に帰し、被告は重大な損害を受ける。

これに反し、原告等は本件建物がかかる特殊な構造を有することを知りながら、その一階部分とその敷地を譲り受けたのである。従つて、右一階部分の使用収益が可能なる限り、土地の利用は全うされるのであるから二階部分の存在は、原告等の土地所有権に対して何等社会通念上非難に値いする損害を与えていない。

民法中の相隣関係の規定は土地所有者が、所有権の行使により、隣地の所有者に損害を与えることを禁止するという原則に貫かれている。原告等の本件明渡請求は、隣地所有者たる被告に対して右に述べたような重大な損害を与えるのであるから、明かに右の原則に違反し、権利の濫用である。」

と述べた。

原告等訴訟代理人は、被告の右抗弁に対し、

「本件土地、建物についての所有権の移転の経過が、被告主張のとおりであり、それぞれ所有権取得登記がなされたこと、及び本件建物の元所有者株式会社東光商店が、本件土地の元所有者安居憲一郎から本件土地を賃借していたことは認めるが、賃借権の承継、新たな賃貸借の成立及び権利濫用等の主張はすべて否認する。

東光商店から住宅営団に対する賃借権の譲渡を、当時の土地所有者安井憲一郎が承認したことも又住宅営団と安井の間に賃貸借契約が締結されたこともない。又安井が本件土地を物納した後、国は住宅営団と賃貸借契約を締結せず、その後住宅営団が閉鎖機関に指定されたので、その土地使用関係を打切る方針を取つていた。

かりに国と住宅営団との間に賃貸借契約が存したとしても、国は、住宅営団から高橋等三名に対する賃借権の譲渡を承認しなかつた。それは、国が右三名から土地使用料を取り立てなかつた事実から見て明白である。

かりに住宅営団から高橋等三名に対する賃借権の承継が認められるとしても、高橋等三名から、被告に対する賃借権の譲渡を、原告等が承認した事実はない。

昭和二九年七月二三日、原告鈴木清子の父鈴木鉱太郎は、訴外竹谷政敏の招きにより訴外加藤末太郎方に行つたことがあるが、その際被告が同席し、本件家屋の二階を高橋等から買受けたことを話したが、その態度は相談するという態度でなく、事後報告をするという態度であり土地を貸してもらいたいというような話は全くなかつた。鉱太郎は、これを聞いて内心憤然として帰つて来たのであり、勿論これを承認したような事実はない。

又、被告が本件家屋の二階を買受けた直後、鈴木鉱太郎及び近藤智三郎等が被告に対して水道の修理を求め、又改造工事について希望を述べたことはあるが、それは、天床からの塵埃の落下及び水漏りが甚しかつたので、やむを得ず施工者たる被告に対して文句をつけたに過ぎない。又同年八月二五日頃原告清子等が二階を買受けても良い旨を被告に申入れたのは、原告等は当時既に被告を相手方として仮処分の申請をすることを決意していたのであるが、あえて被告と事を構え争うことを好まず、問題を平和的に解決できればそれに越したことはないと考えて、そのような申入をしたに過ぎない。これ等の事実を捉えて、黙示の承諾ありと称するのは、正に牽強附会の弁というほかない。被告は、原告等が、いずれも女性であり又原告清子の父鉱太郎が老齢でしかも温厚な性格であるのに乗じ、強引に既成事実を作りあげ、その許諾を強要しようとしたものである。

又被告は、本件家屋が階層的区分所有の状態にあることに着目し、賃借権の譲渡について土地所有者の承諾を要しないと主張するが、そのような解釈は民法の根本原則に反するものである。

本件建物は、被告の主張するように不可分のものではない。それは物理的に不可分でないのみならず経済的にも不可分ではない、現に被告は被告所有の一階部分(階段部分)を改造して毛糸の販売店として独立に使用している。従つて、本件二階部分の収去によつて、被告の所有地(別紙図面Eの丙の部分)の経済的効用が無に帰することはない。一箇の建物が正当の権原なく甲乙両地にまたがつて建てられている場合に甲地の所有者が所有権にもとずいて、建物所有者に対し甲地にかかる部分の収去を求め得ることは所有権の作用として当然である。土地所有権者に対して、かかる不法占拠を認容させようとすることこそ正義に反する。従つて被告の主張する権利濫用の抗弁は全く理由なきものである。」

と述べた。

(証拠関係)

原告訴訟代理人は、甲第一乃至第一七号証を提出し、証人近藤智三郎(二回)、同竹谷政敏(第三回)、同俵恵一郎、同鈴木鉱太郎同安居ノブ、杉山辰雄及び原告等各本人の尋問を求め、

乙第三号証の一、二、第一三号証、第一四号証の一乃至六第三〇号証の一乃至五の成立は知らないが、その他の乙号各証の成立は認める、と述べた。

被告訴訟代理人は、乙第一号証の一乃至八、第二号証の一乃至五、第三号証の一、二、第四乃至八号証、第九号証の一、二、第一〇乃至第一三号証、第一四号証の一乃至六、第一五号証の一乃至四、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八乃至二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証の一乃至五、第二四乃至二九号証、第三〇号証の一乃至五を提出し、証人竹谷政敏(第一、二回)、同加藤末太郎(第一、二回)同中野博義、被告本人の尋問及び現場の検証を求め、甲第六乃至一〇号証の成立は知らない、第一一乃至第一三号証が現場の写真であることは認めるがその成立は知らない、その他の甲号証の成立は認める、と述べた。

理由

本件土地及び建物の現在の所有及び占有関係が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで被告の抗弁について判断する。

(一)  賃借権の承継取得の主張について。

本件土地及び建物についての所有権移転の経過及び登記の関係が被告主張のとおりであること及び昭和二〇年三月二五日以前においては当時本件建物の旧所有者株式会社東光商店が、当時の土地所有者安井憲一郎から本件土地を賃借していたことは当事者間に争いがない。

そして同月二六日東光商店が本件建物を住宅営団に譲渡した際安井が、それにともなう賃借権の譲渡を承認し、住宅営団との間にあらためて賃貸借契約を締結したことは、証人中野博義の証言及びこれにより成立を認められる乙第一三号証により明かである。(証人杉山辰雄同安居ノブの証言によつて右の認定を覆えすことはできない。)

その後昭和二二年七月一二日安居は本件土地を国に物納したのであるが、当時本件建物は登記されていたのであるから住宅営団は国に対して本件土地の賃借権を対抗することができたものであり、従つて、国は住宅営団に対する本件土地の賃貸人の地位を承継したものである。

その後住宅営団は閉錯機関に指定されたので、その所有家屋を居住者に売渡することになり、本件家屋もこれを分割して当時居住者であつた原告近藤、鈴本鉱太郎(以上一階)高橋克明、加藤孝之、浅沼三郎(以上二階)に売渡した。その際住宅営団は占領軍の命令により急速にことを運んだため、特に土地所有者たる国の承諾を得なかつたことは、被告の自認するところであるが、住宅営団は、形式的には独立の法人ではあるが実質上は一の国家機関であると見られ、且つ国は右の譲渡後も譲受人に対して何等明渡を求める措置を取らなかつたことは弁論の全趣旨により明かであり、しかも国はその後二階所有者の一人である浅沼に対して本件家屋の階段部分の敷地を払下げたことは当事者間に争いない事実であるから、これらの事情を綜合すると国は右賃借権の譲渡について暗黙の事後承諾を与えたものと認めるのが相当である。

そして原告等は、昭和二六年一二月一〇日及び同月七日に、国からその敷地の払下げを受けたのであるが、本件建物は当時既に登記されていたのであるから、高橋等は原告等に対して本件土地の賃借権を対抗することができ、従つて原告等は、前記高橋、加藤、浅沼(二階所有者)に対する敷地の賃貸人の地位を承継したものである。

被告は、右の賃借権について本件建物が階層的区分所有の状態にあることを理由として、民法第二〇八条、第一項を援用して賃借権は区分所有者の共有と推定すべきものであると主張する。然し、後述のとおり一階と二階が構造的にも、経済的にも不可分でない本件建物において、賃借権を建物の共用部分と同一視して、民法第二〇八条第一項を類推適用することは無理であつて、むしろ、特別の合意なき限り賃借権の共有は成立せず、各区分所有者が各その所有部分について賃借権を有し、ただその範囲が上下に重なり合つているに過ぎないものと解するのが、現行法の建前から見て妥当である。(勿論高層ビルの各階に区分所有権が成立し、各階の所有者が敷地について賃借権を有するような場合には、民法第六一二条等との関係において困難な問題を生じ、特別の法律解釈をする必要が生ずることは予想されないでもないが、それは、本件とはかかわりない問題である)そこで、次に高橋、加藤及び浅沼から被告に対する賃借権の譲渡について、原告等の承諾があつたか否かが問題になる。この点について被告は、本件家屋の階段部分が、一、二階とも高橋等三名の共有であり、その部分の敷地が浅沼の所有であつて、その譲渡について、原告等の承諾を要しなかつたことを根拠とし、右の部分と経済的に不可分一体をなす二階部分の譲渡についても、敷地所有者たる原告等の承諾を要しないと主張する。しかし一箇の建物が甲、乙(賃借地)の二箇の土地の上にまたがつて存在する場合に、甲地上の建物部分が、乙地所有者の意思にかかわりなく自由に処分できることから、その性質を乙地上の建物部分にまで拡張して、乙地上の部分の処分及びこれにともなう賃借権の譲渡についても敷地所有者(賃貸人)の承諾を要しないとするのは、何等根拠のない議論であつて、到底首肯することができない。従来の判例及び通説において、無断転貸及び賃借権の譲渡について民法第六一二条の適用が排除される場合として認められているのは、賃貸人賃借人間の信頼関係を破らない特別の事情がある場合(例えば、転借人又は借地権の譲受人が、賃借人個人経営の会社、その直系親族等、これと著るしい人格的親近関係を持つている者である場合等)に限られている。本件において被告の主張する建物の構造又は区分所有の関係等は、到底賃貸人賃借人間の信頼関係を破らない特別事情と考えることはできない。従つて、被告のこの点に関する主張は容認しがたく、本件建物に関する賃借権の譲渡については、敷地賃貸人たる原告等の承諾を要すると解するのが正当である。

そこで次に原告等の承諾の有無について判断する。証人竹谷政敏、同加藤未太郎は「昭和二九年六月二二日頃被告は、竹谷を通じて原告清子の父鈴木鉱太郎を加藤方(料亭しま金)に招き、四人で、本件家屋の二階を利用して共同事業を経営することを相談したが、鉱太郎は共同事業に賛成しなかつた。そこで被告から本件土地の地代を決めてもらいたいとの話も出たが、鉱太郎はその問題は後に原告近藤とも相談して返答すると述べ、又原告近藤とも直接交渉した方が良いと助言した。」という趣旨の証言をしている。(但し証人鈴木鉱太郎はこの点について、「右の席では共同事業の話は出たが、地代を決めてくれとは言われなかつた。地代については何も話をしなかつた。」と述べている。)かりに、右証人竹谷、同加藤の証言が事実に合致するとしても、この場合「地代を決めてくれ。」との被告の申入に対して、「相談の上後日返答する。」と述べたことを、「賃借権の譲渡そのものは承認するが、地代は後日決める。」という意味に解釈するのは、あまりにも被告の身勝手な解釈であろう。特に商店街等においては、権利金も地代も定めないで無条件で賃借権の譲渡を承認することは通常考えられないことであるから、鉱太郎の「相談した上で後日返答する。」という言葉は、賃借権の譲渡そのものについても許否の決定を留保したものと見るのが相当である。

又被告が原告近藤から明示の承諾を得なかつたことは被告の自認するところである。そして、被告は鈴木鉱太郎及び近藤智三郎(原告近藤の弟)等が被告の行つた二階改造工事、水道工事等について希望を述べたり、鈴木が二階の買取又は賃借を申し入れたりしたことを以つて、賃借権譲渡に対する黙示の承諾であると主張しているが、証人鈴木鉱太郎同近藤智三郎の証言を綜合すると、同人等は被告が二階の工事を始めたため天床から塵埃の落下、水漏り等があり、又水道工事をするには元栓を閉める必要があつたので、一階所有者の立場からやむを得ず工事について、被告に対し多少注文をつけ、又水道工事の日取り等も被告と打合わせたに過ぎなかつたこと、又鈴木が二階の買取又は賃借を申し入れたのは、被告との紛争を避ける意味で、その解決のための一つの試みに過ぎなかつたことが明らかである。被告は、原告等の事前の承諾を得ないで本件家屋の二階を前記高橋等から買受けるや、直ちにその改造工事を始め、その既成事実の上に立つて、これについてやむを得ず被告と折衝し、紛争を避けようと試みた原告等の家族の些細な行動を捉えて、黙示の承諾ありと称しているのであるが、そのような主張は到底肯認し難い。又前記高橋等が本件二階を被告に売却する前に、鈴木鉱太郎にその買取方を申し入れたのに、値段が折合わなかつたため売買が成立しなかつたというような事実があつたとしても、これによつて鈴木が本件家屋の第三者に対する売却にともなう借地権譲渡について、黙示の一般的承諾を与えたものと解し得ないことは勿論である。

右に述べたところにより、被告が本件家屋の二階部分の借地権を取得するについて、明示的にも黙示的にも原告等の承諾を得なかつたことは明らかであつて、被告本人尋問の結果も右認定の妨げとなるものではなく、他に被告の主張を肯認させる証拠はない。従つて、被告の主張する賃借権の承継取得の抗弁は採用することができない。

(二)  新たな賃貸借契約の成立の主張について。

被告は、本件家屋の二階部分を買受けた後、本件土地について原告等と新たに賃貸借契約を締結したと主張するが、そのような事実を認むべき証拠がないことは(一)において述べたところにより明かである。

(三)  権利濫用の主張について。

次に被告は、本件家屋の階段部分とその敷地を高橋等から買い受け所有するところから、これと経済的に不可分一体をなす本件二階部分を分離して収去されれば、右階段部分及びその敷地の経済的価値は無に帰し、その結果被告は重大な損害を蒙むることを根拠として、相隣関係の精神から見て、隣地所有者にかかる重大な損害を与えるような所有権の行使は、権利の濫用であるから許されないと主張する。然し、本件家屋がコンクリート建の一階に、木造の二階(住宅営団が引揚者収容のため建築した応急の施設)を継ぎ足したもので、構造的に不可分なものでないことは、検証の結果及び弁論の全趣旨により明らかであり、又、被告本人尋問の結果によれば、被告は右階段部分を改造して、毛糸類の小売店を経営していることが認められるのであるから、多少改造すれば、右の階段部分を他の部分から切り離して使用収益することが可能であることは明瞭である。

従つてそれは経済的にも不可分一体なものではない。勿論本件二階部分を分離収去して、右階段部分を独立して使用するためには多少の費用をかけてこれを改造することが必要となり、この限りにおいて被告は損害を蒙るであろう。しかし、それは被告が本件家屋の二階部分を、敷地所有者たる原告等に無断で買い受けたことの当然の結果であり被告の受忍すべきものであろう。(もつとも、被告は、本件二階部分について原告等に対して借地法による買取請求権を有するのであるから右の損失は、その価格の算定について充分考慮されてしかるべきものであつて、被告の損害はこれによりある程度は補填され得るものと考えられる。)もし、被告が右階段部分の敷地である僅か六坪六合三勺の土地を所有することを理由として、階段部分を通してこれに接続する本件土地の上空を何等正当の権原なくして不法占有することを、その所有者たる原告等が無期限に受忍しなければならないものとするならば、それこそ、原告等に対して堪え難い損害を与えるものであつて、民法の規定する相隣関係の精神に反するものといわねばならない。

原告等の本訴請求が権利濫用と認められないことは、以上の考察により明白である。

右の理由により被告の抗弁は、いずれも採用することができないから、原告等の本訴請求は全部正当である。よつてこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。但し本件について仮執行の宣言を附するのは不相当であると認められるから、仮執行の宣言はこれを附さない。

(裁判官 渡辺均)

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